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 表か裏か。そこが問題だ。日の当たる場所が表で、日陰が裏ということか◆しかし、人口の密集地があると、そこが基点となりそこが表と言う考え方がある。いくら、歴史のある村が存在しようと人口が少ないと裏という認識になってしまう。新興住宅地であれば、そこには人口が増え従来あった町に住む人は原住民的な考えを持つ◆原住民にいわせれば、そこは昔、丘陵地帯でタヌキやキツネがいた山奥に都会人が家を創った。彼等こそよそ者でそこは裏山にあったので、そこは裏だといいたいらしい◆または町か田舎かという論争も。コンビニがあるか、レストランがあるか、映画館があるかなどという不毛な戦い◆いつの世も自分よりも他人を卑下するような考え方が、差別を生む土壌をつくっている気がする。それもテレビ番組が大ぴらに放映している。





 攻めと守り。攻めは勢いよく怒涛の如く、人の弱みや正論を振りかざして口角泡を飛ばす野党。しかし、反対に攻められたときの弱さは心もとなく、鬼のような形相も「いじめられっ子」のような様相◆2重国籍問題でどうしても攻めきれない野党党首。何年前かのあの政権の体たらくを見ている国民は、あの野党には任せられないという思いは腹の中にある。とはいえ、安倍内閣での数々のごたごたにも、腹の中が煮えたぎる思い◆そんな中での内閣改造。誰が大臣になっても中身が一緒であれば、厳しい国民の目は許さないであろうが、安倍晋三総理に代わる人がいるだろうか◆石破さん、小池百合子さん、と言う方々であろうか。攻めはいいとして守りはどうかと言いたい。なるほどという国民への熱いメッセージが欲しいのは野党も同じであろう。正論を堂々と発信して誰もが理解できる政治をお願いしたいものだ。
 




 盛夏です。蝉が朝から鳴き、グーンと気温が上がる。すでに汗がポタポタと落ち、外で仕事をするのが億劫になる◆そんなときに電話が鳴る。「おまえさん、今事務所の中で仕事をしているのか」と聞かれると、「そうです」等とは言えない。建設業は暑い太陽の下のお仕事なのだ。アスファルト舗装となると、摂氏100度近いのではないのか。クーラーの中で仕事してるなどと言う勇気はない◆日田、朝倉などの豪雨災害地の中での仕事も辛い。亡くなっている方もいるので、建設機械で勢いよく作業ができない。遺体を傷つけるからだ。泥や汚水、排せつ物の混ざった匂いの中で撤去作業するのも、倍以上の辛さがあると聞く◆自然災害とはいえ、何処かにぶつけたい苦しみがある。疲れと涙と、どうしようもない暑さとが入り混じる平成29年盛夏。今日も元気に建設業は働いている。どこに行っても。



 暑い夜は熱帯夜。昔の人間はクーラがお嫌い。扇風機もどうかなと思う夜に。隣人はワイン瓶かかえて「ゴーゴー」。北朝鮮の爆撃機かと思ったら「オーマイゴー」のマイワイフ◆神経すり減らして共働き。そして誰に似たのか、嫌な所ばかり目立つようになった息子が「銭、銭」と吠えるらしい。それを酒の肴にすると酒量が増えて悪酔いするらしいのだ◆亭主も最近では、何処で遊んでいるのか。結婚当初は「幸せにします」を連呼したのに、最近では舌の根が渇き過ぎたらしい。誰もその話題には触れないでいる。ときどき、時限爆弾の如く「昔の話」をすると、凍りつく亭主がいる◆そういうこと含みの奥様の家庭生活は大変です。誰も聞く耳を利かない野郎どものお宅は殺伐としております。では奥様、ここら辺で休まさせてもらいます。おやすみなさい。



 福岡・大分豪雨災害が発生した。川の濁流に削られた護岸、数々の流木、道路を塞ぐ土砂に日常が崩壊した。日を追うごとに行方不明や死者の数が多くなる◆自然災害は、なんの前触れもなく景色や人間すべてを呑みこむ。そういう時に活躍するのは建設業だ。自治体と災害協定を結び、緊急出動できる地元の建設業こそが、復旧する力があるのだ◆数年前まで公共工事は、悪の権現だという風に言われていたのは何処のマスコミや政治家だっただろうか◆しかし、疲弊した建設業にこれまでのように望むのは酷なのかもしれない。特に過疎化の進んだ地域は、高齢化して機動力が失われつつあるし、人の数も少なくなっている◆そういう意味の地域防衛軍的役目をしてきた建設業はある意味再編され、経営的観点のみが強調され動きにくくなっているのかもしれない。



 この世に優しい乙女なるものがいるのか?ないのに探す徳川埋蔵金探索のように空しいばかりだ◆あの豊田真由子議員のように、秘書を怒鳴り飛ばす口調が連日ワイドショーを賑やかす。ミュージカル調に嫌味を言われ、「ハゲ」という言葉も愛情がない。年齢も一回り下なのに、尊敬の念さえもない◆最近、物覚えが悪くなり、何度も同じことを聞かないとわからなくなった。このように「ののしられ、痛めつけられる」ような状況で正確な判断ができるのか。同じような年配である自分のことを考えると、冷や汗が出てくる◆心が崩壊して「辞めたい、死にたい」と思ったんじゃないのか。正常な判断が出来なくなり、ついに反撃に出たのではないのかと思う◆東大卒女子から「馬鹿野郎」と怒られれば尻込みするのも無理はない。怖いんですよ、豊田さん。女王様みたいにふるまわられては嫌です、わん。



 誰かが言った「勉強と学問は違う」と。勉強とは字の如く、べん学をしいる。学問とは、学を問うということ。つまり義務教育では勉強をしないといけないが、高校からは学問だと言う◆疑問に思ったことを深く探究することこそ、学問であるので、どんどん興味を持った方がいい。するとおもしろくなり、学問が面白くなる。それがどんなにつまらないことでも、お構いなしなのだ◆そうすると集中力が増し、将棋の天才少年「藤井聡太四段」みたいな子になるかもしれない。好きこそものの上手なりと言う諺があるぐらい、はまれば天才になるかも◆今の子は、それがゲームなのであろうが、すればするほど現実世界から遠く逃げることになる。夜を徹して遊ぶと朝起きれなくなり、不登校と言う現実も◆なんとも理解しがたい現実がある。


 人には不思議なことがある。それは、いずれ科学が解明するだろうが、わからないと神秘と言う言葉に置き換えたらいいのだろうか◆ある解剖学の権威の先生が書いた本によると、母親の体内の中で1万年かけて進化した人間の歴史を、十月1十日かけてなぞった胎児が人間の赤ちゃんになるらしい。魚から哺乳類、猿、人間といった顔になる◆それは胎児の解剖から明らかになった。1カ月、2カ月・・・・の胎児の顔がそう言う風に見える。自然と言う大きなシステムの中に、人も組み込まれているのだろうか。そうとしか考えられない◆人の体は水分でできていることも。さらには満ち潮で人が生まれ、引き潮で人が亡くなるということも、すべてがこの自然のサイクルの中にいる。我々がどうあがいても、そのシステムを壊す事が出来ないのだ。寿命も同じだが、分かっていながらあがく凡人が多数だ。



 最近、仕事の質が落ちている。今まで一人でやってた仕事に何人かかるんだという話。間違いも多く、管理も野放し状態だ。官民問わずなのだが、それも我々世代の負の遺産として残っている◆言ってることは、よく聞いていれば「そうじゃないんだろう」ということばかり。だから実行に移しても結果が見えている。責任も取りたくないし、楽したいやつばかりで行動からも何も生まれない◆我々に課せられた課題は、そういう現状を納得したうえで、これからどう対処するべきかだ。うだうだ言っても始まらないんだから、今の実態に合わせるべきなのか。事細かく書いて、やって見せて、時間をかけて教えるだろうべきなんだろう◆馬鹿に塗るくすりになってみて世の中を動かさないと、いつか罰が当たるような気がする。高飛車に上から目線で言ったって、現状は悪くなるばかりだ。最近それを理解した。


尊厳死を認めるか、否かは別として考えさせられる映画をみた◆「92歳のパリジェンヌ」と言う題名のフランス映画。主人公は92歳の女性。一人の女であり、一人の母親。すでに夫は先に旅立った◆最近は物忘れが激しく、車の運転もままならぬようになった。自分でできないことが多くなり、途方に暮れる。下の世話もしてもらうようになり、シーツを汚すようにもなった。娘に紙おむつ姿を見せて泣く◆誕生日に彼女は宣言する「2か月後、この世を去る」と。娘も息子も苛立ち悲しむ。どんな姿になっても生きていてくれと。母は意識のあるうちに皆とお別れしたいと言う◆何処の国でも同じだが、母は今も昔も女性である。いろんな歴史を繰り返して今がある。頭で考えれば理解できるが、実の母であれば容認できるかは謎だ。
 

「うーん」「何かお悩み事でもあるんですか」「いやーちょっとな」◆「みずくさいなあ、師匠とあっしの間で」「煩悩が多くて困るんだ」「煩悩って、除夜の鐘で追い出した奴でしょう。あっしは体の中に煩悩はいないよって、かかぁにこないだも言ったんだけど」◆「おい、ハチ。どうやって煩悩追い出したんだ。坐禅か、滝に打たれたのかい」「そんなことしませんよ。虫下し飲んだんですよ」「やいハチ公、煩悩は蟯虫の名前ではねえよ」「そうですかい。ところでその煩悩とやらはどんなやつですかい」◆「この年になって恥ずかしんだけど、橋に渡るときのご婦人の裾に風が吹いたらと思うと」「ぞくぞくするんでやんすね、そりゃやっぱり風邪引きだ」「馬鹿野郎、なんでもかんでも病気にしやがって、俺は薬でも治らね恋の病だってね」◆お後がよろしいようで。
 

 そもそも、危機感とお金と無縁な方なのだから地方の大半の人間は仕方ないじゃないかと思う◆都会にいる友人から、東京は今リュックを背負ってスニカーを履いている人が多いらしい。それほど北朝鮮有事だという認識は首都圏の方が持っているとか◆いつでも日本に向かって撃てるミサイルを持っているから、それが撃ち込まれればサリン等の猛毒ガスが襲ってくるだろう◆今はないかと思うが、ここ10年以内にはきっと戦争になるだろう。アメリカファーストのトランプ大統領が北朝鮮を刺激すれば、彼らは行動に移すやもしれない◆ドルは上がり、円は有事を想定して下落すると予想される。それは国債を買った人から国は利子を払わず、預金管理料としてお金をもらっている現状からも推察される◆平和ボケから脱却しないと、「お前の命も財産もなくなるだろう」と熱く話す友人は有事に何をすべきかを語る。

 むかし、むかしの話である。実話か寓話かはその人の考え方による◆昔、過疎の村があった。そこでわが町の町長を決める選挙があった。現職と新人の一騎打ちである◆現職の町長はワンマンで、誰もが認める実力者。当時の幹部である課長会も現職町長を推挙した。新人は前町会議員であるし、根回しもうまい。選挙戦もヒートアップして中傷合戦◆最初は現職有利で、出陣式に参加した数からして「このままだと現職の一人勝ち」という浮かれた噂も出てきた。それで手綱が緩んだわけではないのだろうが、中盤新人候補者が巻き返しを図る◆きわどい作戦も試行され、流れは現職から新人へ。投票日には何と、大半の課長が新人候補者の選挙事務所で万歳三唱というクーデターもあった◆今は昔の話。本当のような、嘘のような話でした。

 裁判長というのは、すべての民事にかかわる常識を机上論ではなく、肌身で感じとった人が務めるべき人なのだろう◆裁判長といえども、人間であるので間違いもあるであろう。しかもお役人さんだから頭も良くて、それなりの紳士、淑女であるべきだ◆しかし、人間力の高い裁判長というのはいるのか。そこそこの落としどころでという考え方のケースが多いのではないのかと感じる◆それに弁護士も正義の使者というお面をかぶった偽善者も多い。彼らは、かれらの小さな社会の中で利益を優先するものもいる。そのため法廷で善悪の判断を誘導するよう言葉を駆使する◆真理とは、いついかなる時代にあっても、変化しようのない判断であるはずが、実は○○だったというケースがある。そこには人の痛みの悲鳴が聞こえていないのかと感じる。だから人は本当の意味で人を裁けないのではないのか、が結論だ。

 昭和40年代には我が国は高度経済成長期を迎え、小さな村にもたくさんのマイクロバスが朝5時半には訪れるようになった◆農業の機械化や息子や娘の進学費用に現金収入が欠かすことがなくなったため、専業農家の家主や嫁が○○建設会社や○○組のマイクロバスに乗り、労働力として建設現場で日雇いをするようになった◆50年たった今、やはりマイクロバスに似たワゴン車がひっきりなしにわが村に訪れるようになった◆日雇いで現場に行っていた同じ人間が、ディサービスに行くため乗り込む風景がそこにある。彼等や彼女らは日本の繁栄の礎となった人である。今の現役世代の親であり、祖父母であったりする◆朝は5時半、弁当箱下げて家を出て行く親父の姿。現役が終わり腰が曲がり、戦った人の後ろ姿は今、人生の終焉を迎える。

 日本は平和だ。森友学園事件や築地の移転などの話が長引く中、日本の防衛問題は何処に行ったんだろう。北朝鮮のロケットが飛んでくる時に、国会では何を話し合っているのだろうか◆平和憲法を持っていたって、やられるときにはやられる。挑発して何人かが亡くなった時にしか政府は動かないだろう。国民の犠牲者の前で国会決議してロケットを打ち返しても、なんの価値もないだろう◆軍事技術が革新されると、経済は急スピードで動き出す。これまでも思いもかけないような技術が世の中を変えてきた。それは今世紀でのコンピュータ技術の革新でもあり、人工知能(AI)にも及ぶ莫大な知の遺産が安価で手に入るようになった◆もうすぐ、人が死なない時代も来る。生か、死ではなく「考える」か「考えないか」の時代に入る。人の命も、お金に置き換えない◆すべての世の中もゲームのように、戦争も終わりがなくなるのももうすぐだ。怖い話だがこれも、本当の話なのである。

 世界は広い。日本は狭い。などと戯けたことを言うと皆に笑われる。また、心も深い、海よりも山よりも深いなどと言うと「何を分かったこと言うのか」とあざ笑われる◆異母兄弟の金正男氏を暗殺した疑いのある北朝鮮の国家主席。権力の闇が広がる中で、個人の感情が優先し、マレーシアの空港で殺害された。日本ではあり得ないことが、世界のどこかでは実行できる◆家族単位では、遺産問題の中ではよくある話だが、一国家ではあり得ない話でもある。そういう事がまかり通るというのは、国家としては未熟であるという証拠だろうが、それを止められぬのは大人の顔した「子供大人」の国なんだろう◆駄々を捏ねる北朝鮮に、大人の中国が困った顔をする。「もう知りませんよ」というとロケットを打ち込む◆対戦国のトランプ・アメリカ大統領も輪をかけた「子供大人」気質だから、お手上げだ。世も末だ。

  東九州新幹線小倉~大分ルートの整備と大分と愛媛を結ぶ豊予海峡ルートの整備のどちらを優先すべきかという議論がある。目先の話だと、大分県が負担する概ね2,663億円で整備できる東九州新幹線が先なのは理解できる◆豊予海峡ルートは、日本の第2国土軸と言う観点から行くと重要かつ緊急課題なのはわかる。しかし予算が莫大で、隣の愛媛県など四国は乗る気ではない。まずは四国新幹線の整備が優先との意見が多い◆この問題は国家のグランドデザインの問題なので、国主導でいきたいのだが、金を出すのはそれぞれの地方自治体なので無礙にはできない。地方は目先の波及効果を問うので、時間が短くしかも予算が小さい方がいいのだ◆だからといって、地震や津波、自然災害の事を考えると、豊予海峡ルートも考えなければならない。というわけで、どちらが先がいいのかと言うとまずは東九州新幹線が目標というのが現実味がある気がする。

 しんしんと雪が降る。どんどんと外の気温が下がる。空港には真っ白な世界が広がる◆ほほ笑みの国・タイから帰国したら、気温差35度差の世界がそこにある。澄み切った空気に体を震わせながら「日本」と言ういい国に生まれたことに感謝する◆水は美しく、トイレはきれい。何もなくても、日本の素晴らしさは、何処に行っても判を押したように当然のように、生きるうえでの条件がすべて整っている。水、空気、食物といった自然界から与えらたものに今の日本人は感謝しない◆感謝しないので、負の行為が生れる。心から手と手を合わせて感謝・合掌すれば、大地と御身が一体となり、自然界と円成する。心が清浄化され次第に無となり、大きなエネルギーを感じる◆先人はいくつもの困難を抱え生きてきた。分かり合えぬための悲しい戦争もあった。しかし、我々はそれをしてはならない。自分の利益しか考えない隣人でもだ。でも、という隣人がいるが・・・耐えるべきか・・・。

 物事を決める「常識の線」でという口を濁す言葉がある。常識とは、誰が考えても行き過ぎず、不足もない中庸と言う考え方◆その常識が最近、狂い始めた。多様的な考え方の個人、すなわち常識にとらわれない大人が多数派となり「常識」を疑い始めた。普通と常識は違うが、ごちゃ混ぜにしてしまった。誰という万人事態も狂っている◆その中で如何にストレスなしに暮らすか、というのは困難だ。すべての人が自分なりの答えを持っていて、それにそぐわない人は常識とは違うひとになっている◆ナンバーワンにならなくていい、それぞれのオンリーワンになればいい。という歌が何年前か流行った。皆がナンバーワンを目指さない社会は、多様性を認めるだけで、何故か逃げのようにも感じる。つまり絶対という意識が薄まり、沸点の低い温度でお湯になるような気持ちの悪い社会が出来上がる◆相互扶助と言う考え方なら理解できるが、皆がそれを本当に望んでいるのだろうか、疑問だ。

 正月三日などあっという間に去る。じゃなくて今年は酉だ。「ぐだぐだ御屠蘇気分でいぅんじゃないよ」◆景気の良い啖呵など聞きたい。「それじゃ、いくよ。南の国から金波、銀波に乗せられて、やって来ました門司の港。最初は緑ががった色が何とこんがり焼けて真っ黄色。甘い匂いを発して貴方のお口へ」「それじゃ安いよ、安いよ。買って行け泥棒てことになる」◆「どうも偽物のバナナの叩き売りにしか聞こえない」「もっと活きのいいものないかい」というわけで、新年恒例の裸踊り。笛や太鼓に乗せられて、ピーヒャラ、ピーヒャラと踊り出す。お酒もまわり小皿を叩いていい気分。まくしたてる掛け声も野次にしか聞こえない◆そんなこんなであっという間に過ぎ去りし正月。あとは戦場の後の片付けものがいっぱい◆きまって奥方が黄色悲鳴を上げ出す。「お前らーいい加減にせえー」などと吠える。めでたしめでたし。今年もスタートした。かあちゃんごめんなさい。

 新年明けましておめでとうございます。平成29年、西暦2017年がスタート◆今年は丁酉年(ひのととり)。バタバタと羽ばたく飛躍の歳にしたい。あるいは幸せを取り込む歳にしたい。飛ぶ鳥を落とす勢いなどというのもいい◆鶏尸牛従と言う格言もある。わが社の今年のテーマだ。大きな組織や集団の末尾にいるよりは、小さな集団であっても、その先頭になって活躍する方が賢いと言う意味らしい。賢いか否かは別として、そういう考えでやっていくのが今の気分だ◆また、大分にはトリニータという可愛い鳥?もいる。今年はJ2にカムバックする期待の歳。J1に昇格できるよう県民は秘かに祈念する◆さて、皆さま方の新年はというと、どのような形で訪れたのかと思う。今年も建設業は厳しい年になっているが、技術革新や考え方の創意工夫、気持ちの持ち方などでよい年にして戴きたい。ワークスはひたすら全力で皆様方のお役にたちたいと思っている。どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

 最近、いや、元々か、頭が悪い。常にスケジュールのバッテングが多く、冷や汗をかくことが多い◆年末となると、さらに忙しさに拍車がかかり頭がパンク状態だ。何だかんだっと言って人様に迷惑がかかるため、約束するのが怖くなる。一度や二度なら誤魔化せるが、毎度はまずい◆手帳に書いているものの、それを見落とす。近くにいる社員さんにも何度か、ミスがないよう再度連絡してもらっているものの、バッテングすることがあった。そのために心臓は爆発し、脳みそは溶け始め回路がダウンすることもある◆ストレスが溜まり始め、思考が停止してロボットのような動きになる。それでも仕事は溜まる一方で、年末が嘘のように月日が流れる◆「えーい」といっぺん仕事を投げ出して大阪に逃避行。何も考えず心斎橋から難波まで歩き倒した◆そこには身一つの自分がいる。今年も、あと何日かである。愛読者の皆様方に感謝しながら来年もワークスを応援していただくよう、心から伝えたいと感じる今日この頃だ。

  最近、車の自動運転とやらがテレビCMに流れる。「やっちゃえ、○○」とロック歌手が吠える◆米国では、自動運転中に事故があったというニュースがあった。一般道路だと思うが、色んなケースがあるのだから、無事故・無違反での実用化は難しいのかなと思う◆ただ、夢は捨てられない。今まで飲酒運転はだめだったけど、自動運転なら代行運転もいらず、家まで送り届けてくれるのでは、という淡い期待を抱くが、日本の法律上は許してはくれないのではと言う声を聞く。運転責任者がいないというのは具合が悪い。何かあった時の責任を問う人間がいる。だから責任者が飲酒していたらダメということになる◆何故、自動運転にこだわるかはこの時期が忘年会シーズンだからだ。毎日毎日飲み会で、タクシー代もバカにならないから家であの、自動運転のCMを指銜えて観てるのだ◆今夜も行ってくるか、夜の戦場に。胃の洗浄にアルコールを含ませよう。

 

 信念を曲げるという言葉がある。しかし、現代人にとっての信念とは何かと考える。重々しい言葉の中身とは裏腹に、信念と言う文字が最近軽くなった◆戦国の世や、幕末、戦時中には「死と生」が必ず表裏一体であった。一日一生の如き様で、時間や一日を大切にして、人の命や物を大切にして各人が生きていた。死ぬことのはかなさや物が壊れる事の痛みを日本人が知っていた◆人は生き返ることはかなわない。壊れたものはもう一度息を吹き返すことはない。ただ、物は修理して新しく命をもらうことはある。茶器のかなつぎと言う伝統的な方法で、新しい命として生まれ変わる◆ただ、人にもう一度がないため、次世代の後継者に命のタスキをつなぐ。そこにはその人のベースとなる信念が必ず存在する。その信念を曲げて命をつながなければならない場合がある◆死んでもそれだけは勘弁してくれと男泣きする武将をみるが、未来や大局の波に呑まれる場合などがほとんどである。その信念を曲げることがあるのだろうか。

 

 アメリカの若者の間では「トランプが来た、逃げろ」とか「トランプが来た、死んだ真似をしろ」などと言うのが流行っているらしい◆トランプというのは次期アメリカ合衆国大統領だ。彼は、アメリカ人が違法入国者が多いため職を失われているとして、メキシコとの国境に万里の長城よろしく、壁をつくれとか、女性蔑視発言をしてマイノリティにブーイングの人物◆新聞などマスメディアは、こんな独善的な彼をアメリカ国民が選択するわけないと信じていた。が、しかし現実は良識的な女性のクリントンではなく、偏見的で独裁的な主観の持つトランプに期待した◆我が日本はそんなトランプにすり寄っている。世界の警察にならなくていいとの発言や守ってもらいたいなら、もっと「ギブミーマネー」、もしくは沖縄からの撤退の発言に政府はヒヤヒヤだからだ◆良く見てみると日本はまだ、占領されているように見える。日本に主権はなく、常にアメリカの顔色を窺う黄色のマイノリティだ。

 

 もうすぐクリスマス。そわそわするのは子どもかと思いきや、若い男女も心ここに非ずらしい◆ロッジで待つクリスマスや、船上のクリスマスなどロマンチックが溢れる季節でもある。昔は、歓楽街に出向き赤い三角帽子やサンタもどきの格好で酔いにまかせて同僚とスナックを練り歩いた記憶がある◆そして翌日、道路に寝ていたり、電信柱に留まって冬の蝉よろしく、「ミーンミーン」と泣き止まないものがいたり、大変な季節だ◆澄み切った凍りつくような夜空に、電燈が妖しく光り輝く。人々は温かさを求め、恋人たちが目立つように見える。俄かキリスト教徒が教会を恋しく思う◆年末になれば、ひと時の静寂のあと急に怒涛のように時間の流れが速く感じることがある。そして俄か仏教徒が集まり百八つの梵鐘が鳴り響くと正月が来る。そして神社に参拝する俄か氏子に変身して新年が訪れる。来年は酉年だぁ。

 

 ワークス創刊以来、あっという間の20年。小石を積み重ねるように擁壁を積み上げてきた。苦労や涙、そして小さな笑いの中で会社が成長してきた◆その間建設業界は、大きく変化してきた。公共事業予算は激減し、いわゆる淘汰の時代に移り、建設会社も半数になった。馴染みの顔も少なくなり、顔を合わせることもない◆指名回数が少ないと怒って土木事務所にバキュームカーで乗り込み、人糞をばらまいた猛者や所長室に怒鳴り込み、灰皿をフリスビーの如く投げた熱男はもういない◆昭和はそのような嘘のような話があちらこちらで聞こえた。それを語る猛者も楽しそうに次代の若者に伝えた◆今は、技術と経営に優れた建設会社が生き残っている。生物と同じ様に氷河期から現世に続く進歩の中で、環境に対応した物しか生き残れなくなっている。変化に順応したものとは、役人に近く建設以外の感覚を持った会社ということか。

 

 所詮、人間は感情の動物である。「好き」か「嫌い」かなのである。いくら、理屈をこねくり回そうが、好きなものは好きで、嫌いなものは嫌いなのだ◆どの世界でもそうだろうが、最終的に理性よりも感情が優先する。だから、生まれ持っての顔は、整っている方が万人に好かれるので得なのかもしれない◆小池東京都知事がヒステリックに語る豊洲市場移転問題や、オリンピック種目別の建設地や費用などの問題は、彼女をののしった男たちへの反撃なのだ。そういう男たちが嫌いだから、彼らの築いてきた政策に「ノー」と言いたいのだろう◆それを、マスメディアを使って世論を煽るのでぐちゃぐちゃになってきている。要するに選手が使いやすく、後の世にも残る財産として構築しなくてはいけないのに、政治家の色ばかりが目立つようになっている◆それは理論であって、本音は化粧○○○と言った自民党の幹部連中が憎いのだろう。ハンカチを噛んで歯ぎしりするのが見えるのは第三者だけか。

 

 過疎化が進むと小学校も中学校も統合化もしくは吸収合併される。それはどうしようもないことだろうが、その場合廃校ではなく、休校という形をとる◆地域は、3世代があるいは2世代がその家に同居して家族を形成する。今どきは個人が優先する時代だから、家族や家と言う認識は「うざい」ものなんだろう。当然、そこが農業を主体とする地域であれば、なおさらである◆農業=儲からない。と言う方程式と、うざい血族家族集団の中に、病院や学校すらない田舎に誰が住むのかと言いたい。そこに魅力があるとすれば、緑豊かな自然環境と澄んだ空気だろうか◆TPP政策が進み、儲かる農業を実践した場合、地域の在り方もかわるのだろう。いるものと要らないものは、この資本主義社会を下敷きにして考えられるのは、今と言う時代の底浅い智恵で透かし見える利益を供与できるかなんだろう◆グローバル社会の下、適正なサイズによってダウンサイジングされるのは、時に多様化を許容する人間らしさであったりする◆その根幹となる教育がすべて、大人の都合のみで変わっていく。

 

 インターネットに乗っている情報を信用している方がいらっしゃる。大本営発表の一方的なニュースは「体のいい宣伝」なのだ。行政などは都合の悪いニュースを公表するわけないじゃないか◆動かなくていいものだから、人はすべてのニュースを鵜呑みにする。確かめもせずに文字を信用にするのはいかがなものか。情報とは1秒1分で変化する。ニュースは生ものだと信じる◆時には妨害もある。「書くな」「逃げ」もある。どう捕まえて端的に料理するかだ。生のニュースだと刺身でもいいが、ちょいと古いと料理が必要になる。その味付けも重要だが、出すタイミングも考えないといけない◆記者クラブの温室の中で生きているのでどの新聞もあまり変わらない。大半の業界紙は各行政の記者クラブから除外されているので、ニュースを拾ってこなければならない◆時に行き過ぎると「議会」にも説明していないのにというクレームがくる。そこはピリリと山椒が効いてうまいと思ってしまう。記者冥利というやつか。

 

 人の頭脳はどこまで対応できるのか。進歩し過ぎたこの情報化社会において、精神的に疲れているのではないのか◆「イエスかノーか」の2者選択のコンピュータにより、「イエスでもノーでもない」世界は許されないのかなどと感じる。また、それを選択したくない自由はあるのか。誰が答えを求めているのか、答えは正しいのか◆絶対的な善、絶対的な悪があるとするなら、神と悪魔でしかならない。その選択ならいくつもあり主観者の問題で答えは多様化する。このパソコンの中から飛び出さない限り、精神的な自由はないと感じる◆ふと新聞紙面に目を移せば、精神障害者の就職数が最多という記事がある。心の病に対する企業の理解が広がったと分析されてあるが、どうなんだろう。違和感を感じる◆国は精神障害者の雇用義務化を求めているが、その前に彼らに「心の自由教育」「精神の絶対的安定」を進めるのが先だ。

 

 「どうも役人と話すと怒りだしていけねえ」「どうしやしたんですか親分」「つもりっていうんだよ」「何がですか」◆「貴方に言ったつもりとか抜かしやすんだよ」「コミニケーションていうのは、何だろう。相手のハートに伝わらないと伝わったということにはならないんだろう」「そうでガス。相手があっての事だから」◆「奴ら、俺の話もそこそこに図面書きやがって」「了承もないんですか」「予算ありきの話で、事が進むので協議などありゃしねんだ。まずは、住民の意向が先なんだけど、してやってる感が強いので俺の話など右から左の耳に通過するだけ」◆「その役人とやら、いくつなんですか」「人生半分位の歳なんだよ」「困っちまうねえ。最近の50代」◆「で、親分。いったいこったい何の話でやんすか」「あちゃーおめえもか。伝わらないよなあ。対面張って話しても、どうにかしてほしいよ」「ちゃんちゃん」。
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